11月になると大分市は独特の緊張感と高揚感に包まれます。世界初となる「車いすだけのマラソン国際大会」が40年以上前に大分市で誕生。今年で44回目を迎えました。スイスをはじめ世界中からトップアスリートが集まるこの車いすマラソンは、今やパラスポーツを象徴する大会のひとつとして知られています。

スタート地点に並ぶレーサーと呼ばれる競技用車いす。その低いシルエットと、磨き上げられたフレームの曲線。それぞれの選手の表情には、これまで積み重ねてきたトレーニングと、42.195kmに挑む覚悟が静かに宿っていました。

大分国際車いすマラソンの魅力のひとつは、スイスとの深いご縁です。大会創設から40年以上にわたり、多くのスイス人選手がこのコースを駆け抜けてきました。なかでも世界トップレベルのマルセル・フグ選手や、女子のマニュエラ・シャー選手、カテリーヌ・デブルナー選手など、車いすマラソン界を代表するスター選手たちの活躍は、車いすの人たちのみならず多くの人たちに興奮と希望をもたらしてくれます。

大分国際車いすマラソンを語るうえで欠かせないのが、ハインツ・フライ選手（スイス）。外国人最多出場であり、10連覇を含む通算14回の優勝実績を誇るレジェンド選手です。そして第1回目から44回連続出場している地元のヒーロー、原田耕一選手。お二人とも古希が近いとは到底思えない身体作りで無事に完走される姿が感動的であり刺激をいただきます。

今年の第44回大会でも、スイスの強さが際立ちました。フルマラソンの男子T34／53／54クラスでは、マルセル・フグ選手が圧倒的な走りで優勝。何度もこの大会を制してきた、まさに王者の風格です。

女子T34／53／54クラスでも、スイスのマニュエラ・シャー選手が力強い走りで優勝を飾りました。スタート直後から先頭集団を引っ張り、最後までスピードを落とさずにゴールへと飛び込んでいく姿は圧巻。その後ろ姿から、スイスの選手たちがこの車いすマラソンをどれほど大切にし、誇りを持って走っているのかが伝わってくるようでした。


男女ともにスイス人選手が頂点に立った今年の大分国際車いすマラソンは、まさに「スイスと大分の友情」を象徴するレースだったと言えるかもしれません。

個人的に、もっとも心を揺さぶられたのはコース中盤の坂道でした。緩やかに見える上りでも、車いすを押して進む選手たちにとっては大きな壁です。腕だけで身体とレーサーを前へ運ぶ車いすマラソンでは、傾斜がつくたびに負荷が一気に増します。

それでも選手たちは、一押し、一押し、丁寧にリムをつかみ、体を前に倒しながら進み続けます。呼吸は荒く、額には汗が光り、腕は限界まで張っているはずなのに、漕ぐ動きが止まることはありません。沿道から飛ぶ「がんばれ！」という声援に、わずかにスピードが上がったように見える瞬間が何度もありました。

下り坂では一転して、時速50km近いスピードで街中を駆け抜けていく迫力あるシーンも。車輪が路面を切り裂く音、選手同士の駆け引き、わずかなライン取りの違いでポジションが入れ替わる緊張感——そのすべてが、車いすマラソンというスポーツの奥深さを教えてくれます。

大分国際車いすマラソンは、タイムや順位を競うレースであると同時に、「人があきらめずに前へ進み続ける姿」を見せてくれる場でもあります。重い障がいを抱えながらも、長い距離とアップダウンのあるコースに挑む選手たちの姿は、障がいの有無にかかわらず、多くの人に勇気を与えてくれます。

スイスの選手、日本の選手、そして世界各国から集まった選手たちが、ゴール後に健闘をたたえ合い、笑顔で握手を交わす光景は、スポーツが国境や言葉の違いを越えて、人と人をつなぐ力を持っていることを改めて感じさせてくれました。

大分の温かなボランティアや沿道の応援に包まれながら走るこの車いすマラソンは、これからもスイスと日本を結ぶ大切な架け橋であり続けるはずです。こちらを読まれた皆さまもぜひ現地でこの空気を感じていただきたいです。日常の中でふと立ち止まってしまいそうになるとき、「あの坂道を登りきった選手たち」を思い出し、もう一歩前へ進む力をもらえることでしょう。

スイス発のブランドとして私たちが大切にしているのは、「からだと心にやさしい選択を積み重ねること」です。自然の恵みをいかしたセルフケアと、スポーツを楽しむ健やかなライフスタイルは、どちらも日々をしなやかに生きるためのパートナーだと考えています。

大分国際車いすマラソンで出会ったアスリートたちの姿は、「できないこと」ではなく「できること」に目を向けるスイスの価値観とも重なりました。一見すると大きなハンディキャップに見える状況のなかでも、自分らしい挑戦の形を見つけていく。その姿は、忙しい毎日の中でつい自分を後回しにしてしまいがちな私たちに、「もっと自分のからだと心をたいせつにしよう」と静かに語りかけてくれるようでした。

歴史ある大分の車いすマラソンと、アルプスを抱くスイス。離れた場所にある二つの土地が、スポーツを通じて紡いできた物語にナリンも今後かかわっていけたらと思います。